「ネオ漂泊民」の戦後

アイドル受容と日本人

中尾賢司  著

定価:本体1500円+税
ISBN 978-4-7634-0717-7 C0095
発行 2014年10月25日
四六判 220ページ 並製

アイドルと流行歌から見えてくる「ネオ漂泊民」の実像

日本社会の「成熟」と「喪失」後の"母"を探して アイドルブームで明らかになった女の近代的自我とサブカルチャーの位相
J-POPのポジティブ志向と同期した永田洋子、その奇妙なパーソナリティ
「ネオ漂泊民」としての日本人がたどった自我の彷徨を、江藤淳の問題意識に発し、 戦後文学と大衆歌謡、そして連合赤軍事件に読み解く──

気鋭の論客が縦横無尽に描く、奇想天外な日本近代史

「本書は、現代のアイドルに着目するところからスタートする。
筆者は元々、アイドルにほとんど興味がない。たとえば三〇代、四〇代の男性が、ナゼ一〇代や二〇代前半の女性歌手に夢中になれるのかが理解できない。
そして、ナゼよりによって今アイドルブームなのか。筆者はまったく理解できなかったのである。
タイトルにある「ネオ漂泊民」とは筆者の造語で、社会学者、見田宗介が流行歌の研究書のなかで分類した
「漂泊」の歌から発想したものだ。この「漂泊」の歌を聴いて育った戦後世代の子どもの世代の意味である。
これは団塊の世代から我々団塊ジュニア世代までをも包括する属性だと筆者は考えている。
このような見地から、アイドル文化の埒外にいる者が、遠巻きにアイドルと社会の関係を眺めた、そうしたら現代の女性、現代の日本人とはなにかがおぼろげながら見えてきた、というのが本書の概要である。」
(本書「はじめに」より)

 

 

●内容●
Ⅰ サブカルチャーと女の「近代」
第1章 「成熟」と「喪失」後の「母」
第2章 サブカルチャーを担うもの
第3章 「前近代」の終焉
第4章 引き裂かれた場所で——「残念」に至る近代的自我
Ⅱ ポジティブ思想とネオ漂泊民の戦後
第5章 漂泊民の証としてのポジティブ思想
第6章 実存とキャラクターの分水嶺
第7章 「一九七二年」のアイドル
第8章 喪われた「母」を求めて

  



●著者紹介●

中尾 賢司(ナカオ ケンジ)
1974年、大阪生まれ。音楽ライター。幼稚園以降、奈良県北部の郊外で育つ。音楽・文学・映画についてのブログ「kenzee観光第二レジャービル」主宰。『ミュージック・マガジン』『クイック・ジャパン』等に寄稿。本書が単著デビュー作となる。

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