2008年6月刊『裁判員制度が始まる』土屋美明

「正義と自由」2008年10月号  評者 大川真郎(大阪弁護士会会員)

裁判員裁判の施行日が近づくにつれて、この新しい制度を批判する書物や論稿が相次いでいる。
 そのなかには、もともと国民の司法参加に消極的な立場もあれば、制度そのものが違憲であるとする立場、さらには刑事手続きの重大な欠陥を指摘する立場などさまざまである。
 著者は、司法担当記者として、日頃から司法のありようを外から見てきただけでなく、今次の司法改革では政府の司法制度改革推進本部の検討会委員として、裁判員制度の制度設計に直接かかわられた。
 本書において、著者は、わが国における司法への国民参加の意義について、「日本の社会に決定的に不足しているのは、パブリシティ(公共性)の意識だと思う。自分が住んでいる社会の在り方を他人任せにすることなく、自ら進んで公共の利益のために奉仕する精神がもっと育ってほしい。裁判員制度が、国民の間に主権者意識を育み、主体的な精神を持った人々によって扱われていくようになることを願っている」と、積極的に評価する。
 しかし、新しい裁判員制度を手放しで賞賛するのではなく、「司法の側がどれほど入念に準備をしようと、国民は心から納得し、安心できる仕組みでなければ、実際には参加しない。裁判員制度は、国民が動かすものであり、その成否は、どれだけの人が裁判所へ足を運ぶかにかかっている」とし、「賛成・反対を唱える前に、まず制度の姿をきちんと知っておくことが重要だと思う」と述べる。
 そのために本書は、裁判員制度について客観的でわかりやすく説明し、「現実にこのように機能していくだろうという姿を紹介し」ている。
 そのなかで、弁護士会、最高裁、検察庁の立場、それぞれの取組み状況、三者協議の争点なども紹介する。
 最終章の「裁判員制度の未来」では、この制度導入によって、すでに刑事裁判に「変化の兆し」があらわれていると指摘する。
 たとえば、検察庁では「内部的に反対論が根深かった(取調べの)録音・録画だが、裁判員制度に本格的に導入される方向性が強まった」とし、警察庁や最高検察庁の取調適正化のための「指針」も「裁判員制度導入を見据え、取調べが適正に行われることを裁判員に示す目的があ」り、この制度が捜査のあり方を大きく変えようとしていることを指摘する一方、捜査当局がそれに代わるものとして求めている「司法取引などの導入は、いずれ議論しなければならない極めて重要なテーマになる」と予想する。
 次に、「被疑者・被告人の防御権」をとりあげ、取調べの録音・録画、弁護士による接見の拡充、早期の保釈の実現、「公判中心主義」を強調するとともに、代用監獄は「廃止の方向で検討するべきだ」とするなど、「刑事手続の見直し論議を深め、新ルールを検討する必要がある」とする。
 最後に、「現在進行している刑事司法の改革は、国民参加の導入までには実現しなかったことが多いという、厳然とした事実」を指摘したうえ、裁判員制度を「粗雑司法」だとしてさまざまな点で懸念する声に対しては、「実施に当たり、念には念を入れ、そのような懸念を払拭する制度に仕上げていかなければならない。懸念は懸念として踏まえながら、まず、実施が決まった裁判員制度に真剣に取り組んでほしい。裁判員制度を延期、あるいは廃止して、残るものは何だろうか。それは、多数の法曹関係者、市民らが批判してきた従来の刑事裁判そのものではないか」と反論する。
 著者の立場を全面的に支持したい。

 

「山形新聞」2008年7月27日

 政府の司法制度改革推進本部に設けられた裁判員制度・刑事検討会などの委員を務め、制度設計に携わった共同通信論説委員の著者が、裁判員制度の姿を紹介しながら、この制度が抱える問題点と将来の課題を紹介した。
 著者は、東京大学法学部を経て共同通信に入社し、社会部記者として活躍。論説委員と編集委員を兼務する傍ら、司法制度推進本部に設けられた2つの検討会の委員を務め、制度設計にかかわった。現在は法務省「司法制度改革実施推進本部」の参与。共同通信山形支局長を務めた経験もある。
 司法記者であり、司法の専門家でもある著者の複眼的視点で、裁判員制度の全容と意義を解説する。「日本の社会に決定的に不足しているのは、パブリシティー(公共性)の意識だと思う。自分が住んでいる社会の在り方を他人任せにすることなく、自ら進んで公共の利益のために奉仕する精神がもっと育ってほしい。裁判員制度が、国民の間に主権者意識をはぐくみ、主体的な精神を持った人々によって担われていくようになることを願っている」との記述は、国民一人一人の主権者としての在りようを問い掛けている。