2008年6月刊『裁判員制度を批判する』小田中聰樹

「法学セミナー」2008年12月号

「誰のための」裁判員制度かを考えさせる本
 裁判員制度の開始までおよそ半年となった現在、同制度の推進派、反対派双方の言説が多くなされている。本書は学会の重鎮によって後者の立場から著された刺激的な本である。
 司法制度改革はその理念と方向として、「統治客体」から「統治主体」へと国民の意識の転換を促すことを掲げ、その下に裁判員制度は設計された。筆者は「司法の国民参加」には賛成しながら、この「意識の転換」を伴う裁判員制度は、弊害が大きく「国民を権力の側に立たせ、被告人の権利を軽視するものに他ならない」と、公判前整理手続や、時には憲法改正問題をも含め痛烈に批判する。
 同時に、筆者は本書を通して我々に「刑事裁判とは誰の、何のためにあるのか考えよ」と問いかけているのであろう。講演録を収録するなど、一見読みやすそうではあるが、中身は濃く、熱い。裁判員制度にどのような立場で臨むにせよ、読むべき本の一つである。

 

「法と民主主義」  評者 渡辺脩(弁護士)

現代史上最悪の裁判制度を立体的に解明―国民主権と民主主義を踏みにじる「裁判員」裁判―
 この講演録・論文集を読むと、穏やかな語り口ではあるが、「裁判員制度」とは、弁護権切り捨ての訴訟手続を背景に、裁判員の参加強制と恣意的排除・密室裁判の実質と裁判員排除・無理な量刑判断の負担・匿名の無責任制・守秘義務の強制等、どこをとっても現代史上最悪の裁判制度であることが今さらながら実感される。
一 根源的基軸――著者は、司法への「国民参加を考える際の基軸となってきた」のは、「冤罪の人を救援したり、裁判批判をしたりする運動形態のすばらしい国民参加の実践が現にある」という歴史の事実であり、それを学ぼうとする現在の事実であるという(「あとがき」・「プロローグ」)。私たちが、「松川事件」をはじめとする数多くの弾圧・冤罪事件で、「大衆的裁判闘争」と呼んできた闘いである。「松川事件」では、法廷の中だけで、被告人の無実と事実ねつ造の権力犯罪を一〇〇%立証しても、「デマ宣伝」による厚い壁が法廷を密封している限り、裁判所は平気で五人に死刑、五人に無期を宣告し、その真実が「主戦場の法廷外」で広く社会的に認知されるようになって、やっと無罪判決になった。壮大な裁判批判・裁判所批判の国民的な大運動であった。裁判所が最も嫌悪・恐怖する状態である。そのような裁判所の体質は基本的に現在も変わってはいないし、そういう裁判所主導の「開かれた司法」自体が欺瞞である。私は、「法曹一元化・最高裁事務総局の解体・司法権独立の確保・法律支援センターの日弁連移管・陪審制」等を内容とする市民・弁護士会側主導の「司法改革」が必要だと考えている。真の「市民参加の司法」である。
二 歴史的認識――著者は、現行憲法下の刑事訴訟法でも、明治憲法下の旧刑事訴訟法における糾問的な捜査の土台は、「代用監獄」等で変わっていないことを指摘しながら、「公判廷では弁護活動を管理・規制することは抑え比較的自由にやらせ、起訴状一本主義に基づき裁判官が予断偏見なしに公開の法廷で争点を徐々に決めて審理を進めるやり方が一応とられて」きたことを認めている。しかし、今回の「刑事司法改革・裁判員制度」は、それを切り捨てて弁護活動の制限・弁護管理を強めるものであり、「強権的な『管理統制司法』」の本質をもつものであるという(以上六七頁以下)。この凶悪な原理的転換の本質と機能を見落としては話にならない。
三 構造的把握――著者は、「裁判員制度」のとらえ方について、「徹頭徹尾、政治力学の所産であり、改憲の動きとも」同根であるという(「あとがき」)。それは、「新自由主義的改革」の「最後のかなめ」として位置づけられている「司法改革」の目玉である(九六頁以下)。その「裁判員制度」は、参加義務の強制により、「国民に、統治主体意識を持たせること」をねらうものであり(一七六頁以下)、その意識は国に対する国民の服従・奉仕義務を強要する改憲構想と通じているということになる。この司法政策は、「核心司法」のイデオロギーによる弁護切り捨てが柱である(二一六頁)。こうして、弁護権擁護こそは、市民と弁護士会にとって、緊急の根本課題である。著者は、常に弁護実務の実態にも密着する視点を確立していて、「公判前整理手続」の問題などについても詳細な実務的究明を進めている(二〇三頁以下)。このような構造的把握は著者の理論の科学性を証明している。
四 代表的講演――私は、以上のような特徴点を備えている講演録の代表として、「裁判員制度で冤罪はなくなるか」(三〇頁以下)と「冤罪と刑事司法改革」(一五六頁以下)の二本を特に推しておきたい。遅まきながら「刑事司法改革」の問題に対する批判の動きが出始めた現在、本書が、最高の理論水準で、問題の意味を分かりやすく解明した功績は大きい。この二本の講演録は、それを代表している。