2011年12月刊『金持ちはますます金持ちに貧乏人は刑務所へ──アメリカ刑事司法制度失敗の実態』ジェフリー・ライマン、ポール・レイトン 著 、宮尾茂 訳


『図書新聞』2012年6月23日 津島昌寛(龍谷大学社会学部教授)

 アメリカの刑事司法制度はなぜ犯罪抑制に失敗し続けるのか? 
 この問いにたいして、著者ジェフリー・ライマン(彼の共著者ポール・レイトンは本書第四版の改訂から加わっている)は、その目標が犯罪を減らすことではなく、犯罪の脅威は貧困層によって引き起こされているイメージを市民に植え付けることにある、という命題を提起する。
 著者の命題は三つの主張からなっており、それらは本書の中で段階的に紹介されている。①貧困は犯罪の誘発要因であるにもかかわらず、社会は貧困対策に取り組んでいない。その結果、市民を犯罪から守ることに失敗している。ここでいう犯罪は強盗や侵入盗、窃盗などの街頭犯罪をさす。②刑事司法制度は、被害の深刻さにおいて街頭犯罪に匹敵するかそれ以上といえる富裕層の危険行為(詐欺や横領などのホワイトカラー犯罪)を犯罪として取り扱っていない。仮にそれを犯罪と認めても、厳格な法的措置を講じない傾向にある。その結果、市民を重大な危険行為から守ることに失敗している。③これらの失敗により、犯罪は貧困層の仕業であるというイメージが強まる。さらに、このイメージは市民に「中産階級に対する脅威は、経済階層的に彼らの上ではなく、下からもたらされている」、「貧乏人には道徳的欠点があり、したがってその貧困は彼ら自身の責任であり、社会的経済的不正を示すものではない」といったイデオロギー的メッセージを伝える。市民は、刑事司法制度が犯罪抑制に失敗しても、これまでと同じかそれ以上のもの、つまり、警察官の増員、刑の長期化、刑務所の増設などを要求する。そして、現行制度が持続されることになる(ただし著者は、権力者の大半はこのことに無自覚で、自身の利益のため意図的に現行制度を悪用しているわけではない、と断っている)。
 著者の主張には示唆に富む重要な指摘がいくつもある。その一つを紹介したい。上記の通り、刑事司法制度の失敗は間接的に既存の制度を支えるイデオロギー的メッセージを市民に伝えている。その伝達手法の特徴として、「個々の犯罪者に焦点を当てる」ことをあげている。「個人の罪に焦点を当てるということは、その個人が同胞市民にたいしてその義務を果たしたか否かを問うことになる。それは同胞市民がその個人にたいして義務を果たしたか否かという問題から目をそらすことになる。個人の責任のみを問題にすることは、社会の側の責任から目をそらすことになる。……正義は双方向的なものであるが、刑事司法は一方通行である」。著者は、警察活動を取材したテレビのドキュメンタリー番組を一例にとる。それらの番組は警察官の活躍にのみ焦点を当てた偏向的な内容に編集されていて、容疑者の個人的事情や社会的背景をまったく無視していると指摘し、メディアの重大な社会的責任を問うている。
 本書は、大学の犯罪学や刑事政策の講義テキストとして一九七九年に発行され、それ以降三十年以上も読み継がれてきたベストセラーである。著者ジェフリー・ライマンは犯罪学者と思いきや哲学者である。そのためか彼の関心の中心は「正義とは何か」にあり、帰属階層に関係なく誰もが正義を獲得する権利を有していると考える。本書では、その視点から、アメリカの刑事司法制度を痛烈に批判する。
 アメリカの刑事司法制度の「失敗」はその後エスカレートしていて、貧困層に対する厳罰化はさらに進んでいる。日本でも、殺人など暴力犯罪は減少しているにもかかわらず、一九九〇年代後半から犯罪への厳罰化が進んだ。また浜井浩一や山本譲司の著書などによって、日本の受刑者の多くが高齢者や障がい者といった社会的弱者であることが紹介され、刑務所内の実情がひろく一般にも知られるようになった。日本とアメリカの間には、刑事司法や福祉をはじめとした社会制度の歴史的形成過程や犯罪事情など相違点は多い。しかし、抱える問題の共通点も多く、アメリカから学ぶことは少なくない。社会制度のあり方を考える上で、本書は刺激的で、三十年の時を経た現在でもじゅうぶん読むに値する。
 私事であるが、評者は先日ノルウェーを訪問した。ノルウェーの刑事司法制度にたいする市民の信頼は他の北欧諸国とともに高いことが知られているが、その理由を調べるためであった。行き着いた答えは「全員が幸せな社会」の実現である。小さな共同体のノルウェー社会では、人間関係が緊密で、市民と国・制度機関との物的・心的距離が近い。貧困や犯罪などの社会問題は、市民一人ひとりが自分に関わる大事なことと思っている。さらに、警察や市民団体などの社会機関が相互に連携して、それに対応している。市民全体で「全員が幸せな社会」を実現するという理想を共有していることが、結果的に刑事司法制度にたいする信頼の高さにつながっていると実感した。「刑事司法制度というものは、社会全体の暗部を映し出す鏡である」。ノルウェーに著者ライマンのいう理想の社会制度を垣間見ることができた。

 

『法学セミナー』No.687 2012年4月

「失敗」を繰り返さないために
いっこうに減ることのない犯罪件数、刑務所の過剰収容問題からすれば、誰もがアメリカの刑事司法は「失敗している」とみるにちがいない。だが、そこで安易に厳罰化、予算の増額などへ思考を向けてはならない、と叫ぶのが本書である。「失敗」を繰り返すのは、その原因を見誤っているからである。著書たちは、アメリカ社会が直面する困難と刑事司法との関係を紐解きながら、多角的な視点によりアメリカの刑事司法制度の「失敗」を分析していく。
 制度の「失敗」はその背景にあるアメリカが直面する困難、たとえば人種差別や貧困、経済犯罪への寛容な態度、公正さを欠く厳罰化傾向などと密接に絡み合い、必然的にもたらされているという。かかる分析を経ることで、我々が検討すべき問題も徐々に解き明かされていく。問題の根源を見誤るな、それこそが「失敗」を繰り返さないための必須の条件なのだろう。