2012年5月刊『チャイメリカ』矢吹晋 著

『日経新聞』2013年7月14日「今を読み解く」同志社大学長 村田晃嗣

 日米関係が「世界で最も重要な二国関係」(マイク・マンスフィールド元駐日米大使)であったのは昔日であり、今や米中関係こそ「世界で最も重要な二国関係」(ヒラリー・クリントン元国務長官)であることに疑問の余地はない。それどころか、年7%程度の経済成長が持続すれば、2025年ごろには中国がアメリカを凌駕して世界一の経済大国になる勢いである。だからこそ、アメリカのアジア回帰がある。当然、米中関係や中国台頭への関心は高い。(中略)他方、中国研究家の矢吹晋は、中国の官僚資本主義の台頭で米中結託の国際秩序維持の枠組み「チャイメリカ(体制)」が成立したと説く。(『チャイメリカ』花伝社・12年)。その上、矢吹によると、日米安保が冷戦の終焉以降も存続したために、中国の軍国主義をむしろ助長し、民主化の芽を摘んでしまったという。

●イメージの錯綜
 いずれにも傾聴に値する情報や分析はあるものの、こうした米中関係のイメージの錯綜や分裂は、「世界で元も重要な二国関係」になった米中関係のはざ間で、立ち位置を確立できない日本の苦悩を反応していよう。
冷戦の初期には、ジョージ・ケナンやウォルター・リップマンといった卓越した外交官やジャーナリストが、歴史的な大局観の中で米ソ関係を論じた。その頃よりもはるかに情報は氾濫しているものの(否、それ故に)、今日では同様の大局観をもって米中関係を論じることは困難である。しかも、冷戦の主戦場がヨーロッパだったのに対して、今日の国際政治はアジア太平洋を中心に展開しようとしている。日本はその渦中にあって、国力低下に悩んでいる。
国際政治学者の高坂正堯は、中国が21世紀の国際政治の最大の課題となるが、それは自生代の取り組むべき課題だと、1996年の遺稿で予見した。われわれは高坂の「宿題」に、まだ十分応えられてはいない。米中対立や米中結託に過度に反応するよりも、日米中関係を「世界で最も重要な三角関係」として定着させることに、知恵と努力を傾けなければならない。

 

『図書新聞』2012年9月1日  評者 加藤哲郎(政治学・早稲田大学客員教授)

 昨年3・11以来、日本における原子力発電の歴史を調べてみると、一九八〇年代後半から九〇年代初めが大きな転機であった。ソ連のチェルノブイリ原発事故から「グラスノースチ」=情報公開が認められ、東欧革命・冷戦崩壊・ソ連解体に至った時期は、世界史的意義を持っていた。
 チェルノブイリの経験から、世界の先進国はフランスを除くほとんどの国が新規の原発建設をやめ、再生エネルギーの方向に踏み出した。原発大国アメリカもスリーマイル島事故とコスト計算から新設をやめた。それなのに、バブル経済さなかの日本は原発を造り続け、「安全神話」を肥大化させて、フクシマの悲劇を迎えた。冷戦時代の末期、「ジャパン・アズ・ナンバーワン」「日米逆転」ともてはやされ、評者が当時「ジャパメリカ」と表現した日本は、バブル経済がはじけ、自民党一党支配=「五五年体制」も終焉したのに、新時代の方向性が見いだせないまま、惰性と内向きの「失われた二〇年」へと漂流した。
 矢吹晋の新著『チャイメリカ』の面白さは、日本の落日の根拠を、裏面から教えてくれることだ。サブタイトルに「米中結託と日本の進路」とある。「チャイメリカ」の表現自体はイギリスの経済史家ファーガソンというが、米中二国で「世界陸地の10分の1を占め、世界人口の4分の1を占め、世界生産の3分の1を占め、過去八年分の世界のGNPの増加分の半分を占める」事態が、まぎれもなく進行している。
 著者が引く「中国の貯蓄率は高く消費率は小さい。中国の過剰貯蓄(マネー洪水)がアメリカの過剰消費(貿易赤字と財政赤字、双子の赤字)を支えている」構造は、二五年前の「ジャパメリカ」とそっくりである。隣国中国は、日本の停滞期に、社会主義市場経済という名の改革開放政策に踏み切った。民主化運動は戦車でおしつぶし、一党独裁政治を維持したまま、グローバルな世界市場に参入した。党=国家主導の工業化をひた走り、かつての「農民革命」の国がいまや「世界の工場」になった。しかもその貿易の主たる相手国、商品とマネーの行く先はアメリカである。
 だが、「ジャパメリカからチャイメリカへ」の歴史的類推は、ここまでである。「ジャパメリカ」は東西冷戦の産物で、ソ連社会主義という「敵」がいた。西側同盟の中でのアメリカのヘゲモニー衰退を、安全保障を委ねた日本が経済的に肩代わりするかたちだった。それもソ連・東欧社会主義の崩壊で、十年足らずのエピソードに終わった。
 「チャイメリカ」は、文字通りの世界第一・第二の大国間関係で、世界史的な広がりと意味を持つ。金融的相互依存に留まらず、外交・軍事から政治・経済・文化のあらゆる分野で競合しつつ協調する。『防衛白書』などから未だに日米同盟がアジアの中心で中国と対抗していると信じている読者は、著者が詳しく紹介・分析する米中戦略・経済対話で、アメリカの世界戦略・アジア戦略が大きく変化し、米国国防総省報告が中国の軍事力を「国際公共財」と評するまでになっていることに驚くだろう。尖閣列島問題で頼みの米国が「日本固有の領土」と認めてくれない背景も、本書のいう「米中協調体制が世界を決める」から理解できる。著者矢吹は、こうした点からも日米安保が「賞味期限はとっくに切れて、今は害しかない」と断言する。若者によく読まれる孫崎享の日米関係論と共に、外務省にとっては、耳が痛い話だろう。
 とはいえ「チャイメリカ」は、二〇世紀冷戦時代の米ソ二極支配とも異なる。評者も強調してきたが、中国を社会主義とよびうる根拠は、いまや共産党一党独裁以外にない。労働者国家どころか労働争議と党官僚の汚職腐敗が頻発している。無論、マルクス、レーニン、毛沢東のイデオロギーも処世術にしか用いられない。著者矢吹は、これを「中国国家資本主義が官僚資本主義として自立」し始めた段階だという。ソ連・東欧型の市民社会からの民主化を恐れて、民族紛争抑圧からインターネット規制にいたる強権的支配が続く。だから不安定要因もある。アメリカにも日本にも、現実に進行する「チャイメリカ」に反発して「戦略的不信」を述べ、米軍沖縄基地やオスプレイは対中安全保障だと割り切る勢力がいる。それがグローバルであるだけに、本書の射程外にある欧州金融危機や中東民主化、インド・南米やアフリカ諸国の帰趨も「チャイメリカ」の行方に作用する。
 原発が市場原理でも割高で正当化が難しいことは、いまやGEトップも認める二一世紀の趨勢だが、日本政府・財界は脱原発にふみだせない。世界はアジアから大きく動いているのに、日米同盟以外の選択肢をもたず孤立している。矢吹の大胆な分析と提言は、偏狭なナショナリズムを越えて世界の大きな流れを読み解く上で、貴重な問題提起である。


『エコノミスト』2012年7月31日号 評者=中尾茂夫(明治学院大学教授)

急速に進む米中連携
外交音痴の日本に警鐘

 近代日本は、「興亜か脱亜か」という択一を迫るかのような考え方に、長い間縛られてきた。しかし、忘れてならないのは、日本の選択肢は、米中の政治経済力学によって影響を受けざるをえないという厳然たる事実である。錯綜する情報を正確に把握し、いかに有効な手を打てるか。国の存亡はそれで決まる。敗戦という歴史をひもとくまでもあるまい。
 日本で、中国脅威論の旗が躍り、日米安保にますます傾くのとは裏腹に、中国を好ましく思うアメリカ人が増えている。脱冷戦下のパワーバランスの変化である。いまだに、「右か左か」といった単純で情緒的な思考様式から抜け出せていない日本の時代錯誤的な論調では、この状況に対処できるはずもない。
 著者は、数々の事例を指摘し、急速な米中利害の一体化を挙げ、そうした変化に全く無頓着な日本の外交音痴ぶりに警鐘を鳴らす。その数々の例証は、傾聴に値する。2010年春、米有識者対象の「アジアにおけるアメリカのパートナー」調査で、日本を選んだ識者は36%だったが、中国を選んだ識者は56%だった。ほぼ同時期、09年7月、大勢の閣僚級相互の意見を交換する米中戦略・経済対話(S&ED)が開催され、国際情勢や経済問題に対する米中戦略会議が始まった。その第2回対話(10年5月、北京)に参加するヒラリー・クリントン米国務長官が東京に立ち寄った。辞任直前だった鳩山由紀夫首相と会談したが、それはわずか3時間だった。一方、北京には5日間も滞在している。この「3時間と5日間」の対比に、日中に対するアメリカの温度差が表れている。
 米国債保有をはじめ、アメリカへの最大の銀行(=貸手)に浮上した中国との付き合い方に悩むクリントン国務長官の愚痴も紹介される。さらに、日本ではあまり知られていないが、ペンタゴンの年次報告書では、中国の軍事力は国際公共財ととらえられ、尖閣諸島は「紛争地域」であり、アメリカは日中の「どちらにも与しない」と明記されている。
 本書は、「中国に財布を握られている」アメリカは中国と連携せざるをえない構造(チャイメリカ)を、日本の保守層が故意に無視すると論難する。日米安保を希望的に解釈し、対中強硬姿勢の帰結として起こりうる日中激突という「白昼夢」にあえて触れない日本の安全保障論議のお粗末さと危うさが浮き彫りにされる。アメリカ頼りの中国憎しという情緒的気分に潜む幼稚さと危険性を指摘する本書は、紛争勃発の危機迫る今日、広く読まれるべきだろう。

 

『日本と中国』2012年8月5日号 評者 高井潔司

 耳慣れないタイトルの「チャイメリカ」とは、チャイナとアメリカからの造語である。
 その意味するところは、副題の「米中結託と日本の進路」からも推察できよう。中国の90年代後半以降の急速な経済成長とそれに伴う一兆数千億ドルもの米国債の大量購入によって、政治的にも軍事的にも米中結託の関係が生まれているという。それが、本書の第一の論点である。
 矢吹氏は、日本と違い「中国は場合によってはそれを売却することで対米圧力をかける可能性をもつ」と問題提起する。
 これに対し、「アメリカとしては中国がそのような敵対的行為に走らないように、米中協調のシステムを構築することが喫緊の課題であり、この同床異夢が米中政府当局によって明確に認識され、その努力が続けられた」と「米中結託」の構造を解き明かしている。
 然るに日本の対米、対中姿勢は、「米中対決」の構図の上に誤って描かれている。筆者の鋭い舌鋒を紹介すると、「中国に財布を握られているアメリカが、日本を守るために、日米安保条約における義務を履行してくれると想定するのはとんでもない白日夢」ということになる。
 この対中、対米認識の歪みが第二の論点だがむしろこちらが本書を貫く真のテーマだ。
 とくに第Ⅲ部では、「日中相互不信の原点を探る」として、歴史認識や台湾問題、尖閣の領有権などに関する正常化交渉時の外務官僚の意図的な史実改ざん及びその検証の甘い研究者の著作を俎上に上げ、激しいほどの批判を浴びせる。
 国交正常化40周年の今年、石原都知事の悪意に満ちた言動によって日中関係は大きく揺さぶられている。そんな暴挙がまかり通るのも、日本の政界や世論に広がるこの対中認識の歪みのせいと言えよう。
 中国情報分析では本協会員の見解と異なる部分も多いが、米中認識の部分は参考となる刺激的な議論に満ちている。