2013年4月刊『ある北大生の受難』上田誠吉著

『毎日新聞』2015年01月25日東京版朝刊

今週の本棚・この3冊:特定秘密保護法=宇都宮健児・選

 <1>秘密保護法 何が問題か−検証と批判(海渡雄一・清水勉・田島泰彦編/岩波書店/2052円)

 <2>ある北大生の受難−国家秘密法の爪痕(上田誠吉著/花伝社/1836円)

 <3>国家と秘密 隠される公文書(久保亨・瀬畑源著/集英社新書/778円)

 多くの国民の反対を押し切って二〇一三年一二月六日に成立した特定秘密保護法が、二〇一四年一二月一〇日に施行された。(略)
 二冊目の『ある北大生の受難−国家秘密法の爪痕』は、朝日新聞社から一九八七年九月に出版され絶版になっていたものを、秘密保護法制定の動きが出てくる中で花伝社により復刻されたものである。
 日本が真珠湾を攻撃した一九四一年一二月八日の朝、北大生宮澤弘幸さんが軍機保護法違反で逮捕された。宮澤さんが千島・樺太(からふと)を旅行したときに見聞きしたことを、家族同然に親しくしていた北大予科の英語教師でアメリカ人のレーン夫妻に話したことが、「軍事機密」の「探知」「漏洩(ろうえい)」にもあたるとして逮捕された冤罪(えんざい)事件である。宮澤さんは、札幌、夕張、江別の警察署で取り調べられ、「逆さ吊(づ)り」の拷問を受ける。一九四二年一二月札幌地方裁判所は軍機保護法違反として宮澤さんに懲役一五年の判決を下した。宮澤さんは、網走刑務所に服役後、栄養失調と結核にかかり宮城刑務所に移送され、一九四五年一〇月一〇日釈放されたが、一九四七年二月二二日、二七歳の若さで死去した。(以下略)

 

『毎日新聞』2013年12月1日 評者 中島岳志 

■軍機保護法“再来”を認める前に知るべきこと

秘密保護法案が可決されようとする中、振り返らなければならない歴史がある。
宮沢・レーン事件──。
「大東亜戦争」勃発直後に北海道帝国大学学生の宮沢弘幸とアメリカ人教師・レーン夫妻が逮捕された事件である。容疑は軍機保護法違反。当人たちにとって全く身に覚えのないスパイ容疑がかけられ、懲役12~15年の有罪判決が出た。レーン夫妻は戦中に交換船で帰国。宮沢は網走刑務所に収監され、戦後に釈放されてから間もなく死亡した。
宮沢は闊達な学生だった。東京で生まれ育ったものの、雪と山にあこがれて北大に入学。語学が得意だったため、外国人教師と積極的に交流した。なかでも敬愛したのが英語教師ハロルド・レーンだった。
レーン一家は、キャンパス内の外国人官舎で生活していた。夫妻は毎週金曜日の夜、自宅を学生に開放し、英語で雑談を交わした。会話は登山、スキーから日常生活に至るまで他愛のないものだった。学生たちはレーン夫妻との交流を楽しみにし、異国への憧れを高めた。
そんな輪の中に、宮沢もいた。彼は、大の旅行好きだった。休み期間には、樺太や満州に旅立った。そして、そこでの見聞をレーン夫妻に話した。
しかし、これが問題とされ、宮沢の命を奪うことになる。真珠湾攻撃当日の1941年12月8日、宮沢とレーン夫妻は、いきなり学内で官憲に逮捕された。両者の会話の中に、軍事機密が含まれていたというのだ。
裁判は非公開で進められた。世の中は、彼らがいかなる理由で逮捕されたのかがわからない。何が軍機保護法に抵触したのかもわからない。とにかく何が秘密とされているのかが秘密なのだ。さらに容疑内容も秘密。恐怖心と自己規制ばかりが広がった。
本書の著者は、1980年代になってこの事件を追跡する。しかし、訴訟記録が札幌地検に保存されていない。公開を要求しても、「保管していない」との答えが返ってくるばかりだった。
その後大審院の判例資料から、ようやく容疑が明らかになった。宮沢が千鳥列島に旅行中、船の中で聞いた根室の海軍飛行場のことをレーン夫妻に話したことなどが軍事機密に当たるというのだ。しかし、当時、この飛行場の存在は広く知られていた。秘密の存在という訳では全くなかった。もちろん宮沢にもレーンにも、機密を探ろうという意図はない。旅行の思い出を、何気なく話しただけだ。
戦中、観光旅行先で取った写真に、たまたま軍事施設が写っていたというだけで、次々に一般市民が逮捕された。軍機保護法が恣意的に適用され、人々から自由が奪われた。宮沢は拷問と過酷な刑務所生活の中で体調を悪化させ、釈放後27歳の若さでこの世を去った。
現在進行している秘密保護法案は、歴史の教訓の上に立っていない。宮沢・レーン事件が示すように、処罰の対象は必ず一般市民にまで及ぶ。本人が全く意図しない事柄でも、唐突に罪が着せられ、見せしめ的に逮捕・収監されるのだ。
安倍首相は「罪に問われる場合、(情報を)取得した人自らが特定秘密だと認識していなければならない」と述べているが、「当人が秘密だと認識していたかどうか」を認定するのは捜査機関であるため、いくらでも恣意的運用が可能になる。秘密保護法案は、軍機保護法の再来に他ならない。
我々は宮沢・レーン事件を知らなければならない。本書は、今こそ読まれるべき一冊だ。

 

『朝日新聞」2013年11月10日 ニュースの本棚 
秘密保護法案 右崎正博さんが選ぶ本 [文]右崎正博(独協大学教授・憲法学) 

■民主主義の原理と相いれぬ

 特定秘密保護法案の国会審議が始まった。
 この法案は、防衛・外交・スパイ活動防止・テロリズム防止に関わり、国の安全保障に著しい支障を与えるおそれがある情報を「特定秘密」に指定する。そして、その漏洩(ろうえい)を禁止し、違反者に厳罰を科すとともに、特定秘密を取り扱う公務員らの家族関係などを広く調査し「適性評価」を行うとするものだ。
 このような法律は報道機関の取材や市民の調査活動を妨げ、報道の自由や国民の知る権利、個人のプライバシーを不当に侵害するおそれが大きいが、国家が自ら、ある情報を「秘密」として隠そうとする時、それに翻弄(ほんろう)される人々が生み出されることも忘れてはならない。
 上田誠吉『ある北大生の受難』は、かつて「国家機密法案」が問題となったあとの1987年に朝日新聞社から刊行されたものだが、秘密保護法が声高に叫ばれ始めた今年、復刊された。
 北海道帝国大学の学生・宮沢弘幸が、旅行の見聞を北大予科の教師ハロルド・レーン夫妻に話したことが軍機保護法に違反するとして、日米開戦の日に検挙された。懲役15年の刑を科せられ、3年10カ月服役。戦後、放免されるが、収監中に健康を害し、47年に27歳で生涯を閉じた。容疑は、根室の海軍飛行場や樺太の海軍油槽施設などの存在を探知し、漏洩したというものだったが、いずれも公知の事実や彼自身が勤労奉仕で知った事実に過ぎなかった。

■沖縄密約の教訓
 72年の沖縄返還に関わる日米間の交渉過程で、返還される軍用地の復元補償費用400万ドルを日本が負担しながら、アメリカが支払ったように見せかける「密約」の存在を示す外務省公電が暴露された。しかし、政府は密約を認めず、公電の漏洩に関わった外務事務官を国家公務員法の守秘義務違反で、提供を受けた毎日新聞記者を秘密漏洩のそそのかし罪で起訴した。
 記者と事務官の個人的な関係を理由に、取材方法が相当でないとして有罪とされた事件の本質を明らかにしようとする、澤地久枝『密約』からも改めて学ぶことが多い。問われるべきは「密約」の是非であったのに、記者の職業倫理の問題を刑事責任の問題にすり替えた最高裁の決定が、いま特定秘密保護法案を正当化する理由として使われているからである。

■知識で「武装」を
 海渡雄一・前田哲男『何のための秘密保全法か』は、戦後の安全保障をめぐる動きや、9・11の同時多発テロ対策にまぎれて自衛隊法に「防衛秘密」の保護規定が入れられたことなど、特定秘密保護法がいま問題となる背景を歴史的に明らかにする。法案の本質とねらいをやさしく解説しており、案内書として有用だ。
 また、評者も論稿を寄せているが、田島泰彦・清水勉編『秘密保全法批判 脅かされる知る権利』(日本評論社・2625円)は、法案の問題点を「市民の自由」という観点から解き明かしている。
 「知識は無知を永遠に支配する。自らの支配者たらんとする人民は、知識が与える力で自らを武装しなければならない」
 これは、アメリカ合衆国第4代大統領ジェームズ・マディソンの言葉だが、「知る権利」と民主主義の関係について重要な示唆を与えている。国家の秘密は、公開の討論を基礎におく民主主義の原理と相いれず、人権保障の原理とも両立しがたい。そのことを心に刻みたい。

 うざき・まさひろ 独協大学教授(憲法学) 46年生まれ。共編著『情報公開法』『表現の自由とプライバシー』など。

 

「赤旗』2013年6月23日 読書欄 評者 清水勉 弁護士

 本書は、1987年に出版され絶版になっていたものを、秘密保全法制の成立の動きが現実味を帯びた今、同じ装丁で復刻されたものだ。日本がハワイの真珠湾を攻撃した1941年12月8日の朝、24歳の北大生、宮沢弘幸が軍機保護法違反で逮捕された。彼に突如襲いかかった悲劇と、家族を含めたその後の悲惨な人生をたどる。
 宮沢が懲役15年の実刑判決を受け網走の重罪刑務所で命を縮めた事件とは、なんと、千鳥・樺太を旅行したときに見聞きしたことを、家族同然に親しくしていた北大予科の英語教師でアメリカ人のハロルド・レーン夫妻に話しただけのことだ。それが「軍事秘密」の「探知」「漏えい」として罪にされた。
 旅先でふつうに見聞きできたことが「軍事秘密」か。宮沢にそんな認識があるはずがない。クェーカー教徒のレーン氏は徹底した反戦主義者。アメリカに住んでいたときは兵役拒否を貫いていた。そんな夫妻に旅先の話をしても、「軍事秘密」としての関心もなければ、米軍に密告するはずもない。
 ところが、これが特高警察、検察官、裁判員(地裁・高裁・大審院)の手にかかると、「軍事秘密」の「探知」「漏えい」になる(!)。本書にはその論理の形式ぶりが生々しく書かれている。論理の稚拙さにはあきれる。と同時に戦慄を覚える。まるで、いま筆者が日常業務の中で出会う警察官、検察官、裁判官の論理思考にそっくりだからだ。
 官僚至上主義思想は、敗戦をまたいで、平和憲法になった後も生き続けている。本書はそのことの危険性を教えてくれる。

 

『朝日新聞デジタル』 2013年5月24日 BOOKほっかいどう【BOOKほっかいどう】

■旅の話をしたら「スパイ」

 戦時中、北大生の宮沢弘幸さんが米国人教師に軍事機密を漏らしたとしてスパイ容疑に問われ、投獄された「レーン・宮沢事件」。事件の真相を掘り起こし、宮沢さんの生涯を描いた本書は、1987年に刊行され、今年復刻された。 日米開戦の日に特別高等警察に検挙され、懲役15年の刑で服役させられた宮沢さんは、敗戦後に釈放されたが、獄中で患った結核のため27歳で亡くなった。
 弁護士である著者は、関係者の証言から宮沢さんの人生をたどり、わずかに残る上告審判決から事件の経緯を探る。描かれるのは旺盛な好奇心を抱いて各地を旅し、誠実な人間性への共感から欧米人教師と友情を育んだ、「スパイ」のイメージとは全く違う若者の姿だ。
 そして、旅先での見聞を教師に語ったことが軍機保護法違反とする当局の検挙はでっち上げであり、戦前の"国家秘密法"下で無実の人々が拷問や一方的な裁判によっていかに弾圧されたかを明らかにする。
 著者は、80年代に自民党がもくろんだ国家秘密法に反対する中で本書を著したと記す。同法案は日の目を見ず、著者は4年前に亡くなったが、いま再び機密情報に関する秘密保全法制定の動きが進み、自民党改憲草案では国防軍の機密保持法制定がうたわれている。

 

『熊本日日新聞』2013年5月2日 岐路の憲法 第1部 揺れる現場で(3)

「秘密保全法」制定論 「戦前逆戻り」と懸念も

 3月29日夕、東京・永田町の首相官邸。安倍晋三首相も出席して、外交・安全保障政策の司令塔となる日本版「国家安全保障会議」(NSC)の創立に向けた有識者会議が開かれた。「情報漏えいの防止が欠かせない」・出席者は秘密保全のための罰則を定める「特定秘密保全法制定」が必要との見解で一致した。
「日本だけでは情報を取られない。他国からも情報をもらうには、漏えいを防がなければ」。会議のメンバーは強調する。
秘密保全法制定論はこれまで度々浮上した。1985年、自民党は最高刑を死刑とする「国家秘密法(スパイ防止法)」を議員立法で提案したが「知る権利を侵害する」と反発が強く廃案に。
2010年、沖縄県・尖閣諸島沖の中国漁船衝突事件での映像流出を機に再燃。民主党政権は有識者会議を開き、国が「特別秘密」に指定した情報を漏らした場合に重罰を科すほか、一部民間人への適用も求める報告書を11年8月にまとめた。
先取りしているのが防衛省だ。スパイ事件や情報漏えいの発生に対応し、自衛隊法などで罰則を強め「防衛秘密」の漏えいは懲役5年以下、米国から供与された武器の性能に関わる「特別防衛秘密」は懲役10年以下だ。
 防衛省幹部は「防衛省以外の省庁を何とかしないといけないと米国は考えている」。政府が法制定を急ぐ背景に米軍の意向が強く働いていることを示唆した。
 4月、1冊の本が26年ぶりに復刊された。「ある北大生の受難」。戦時中、北海道大の学生だった宮沢弘幸さんと、北大英語講師だった米国人夫妻が軍機保護法違反で逮捕され、懲役12~15年の判決を受けた事件をテーマにしている。
 宮沢さんが軍の飛行場の所在地など周知の事実を夫妻に話したことがスパイ行為とされた。
 復刊に奔走したのは、著者の上田誠吉弁護士(故人)とともに事故の調査に当たった藤原真由美弁護士。秘密保全法制定の動きがある今だからこそ、と考えたという。
 自民党が去年4月に発表した憲法改正草案は9条を改正して「国防軍」を保持するとし、「機密の保持に関する事項は法律で定める」と明記した。藤原弁護士は秘密保全法がこの法律に当たるとした上で「宮沢さんの悲劇は決して人ごとではなくなる」と警鐘を鳴らす。
 自民案は国防軍の機密に関する罪を軍事審判所で裁くとしている。「非公開の『暗黒裁判』になる可能性が高い。戦前に逆戻りだ」。藤原弁護士は懸念を深めている。

<メモ>
秘密保全法制
2011年の有識者会議の報告書は「国の安全」「外交」「公共の安全と秩序の維持」の3分野で、国の存立に重要な事項を特別秘密に指定。漏えいには最高で懲役10年の懲役刑を科し、秘密の取得や教唆も処罰対象とするよう求めた。