2014年3月刊『オルタナティブロックの社会学』南田勝也 著

『図書新聞』(2014年11月15日=3182号)評者 大和田俊之 (慶應義塾大学教授、ポピュラー音楽研究)

「新しい」ロックの特徴とは何か
本書の刊行によってロック研究はようやく「60年代的言説」の呪縛から逃れ、現状にふさわしい学術的な表現を獲得した

「ロックは死んだ」――本書は、これまで何度も唱えられてきたこの警句を否定することから始まる。いや、ロックは、まったく死んではいないのだと。
かといって、著者はこの期に及んでロックの「偉大さ」を力説するわけではない。
その逆である。「偉大な」と括弧でくくられるロック・ミュージックの時代はたしかに終わったかもしれない。だが、ロックはその音楽的特異を変化させながら、現在も重要な音楽ジャンルであり続けている、と著者は主張する。
本書を読んでまっさきに連想したのは、ロックと文学の相同性である。文学もロックと同じように、その「死」をいくども宣告されてきた。しかしいうまでもなく、文学は死んでなどいない。いまも世界中で文芸誌が刊行され、日々ジャンル小説の愛好家コミュニティが生れている。それにもかかわらず、「文学は死んだ」という言葉に一定の説得力があるとすれば、それはなぜだろうか。
著者が本書で用いる秀逸な表現のうち、次の「ロック」を「文学」に置き換えればこの問いに対する答えになるだろう――「すなわち、<ロックは死んだ>という言葉が意味をなすようなロックは死んだ」からである。
ロックも文学も、ある時代精神を体現するカルチャーの座からは退いた。それについて語ることが、自動的に世界を語ることにつながるような「偉大な」文化ではなくなったのだ。
しかし、と著者はいう。だからこそロックは生き延びたのであり、その変化を冷静に見極めなければならないのだと。
そして、著者はその分岐点を1990年頃に設定したうえで、新時代のロックを次のようにはっきりと定義する。「90年代以降の新しいロックは、追い込まれた白人青年たちが駆け込む場所として、彼らの共同体意識を確認する場所として、比較的規模の小さな音楽ジャンルとして内側に閉ざされていくのである」と。
本書は、その「新しい」ロックの特徴について論じたものである。グランジの社会的背景から個々のバンド・サウンドの分析に移る構成において、著者の主張は以下の二点にまとめられるだろう。①この時期にロックは「波」の音楽から「渦」の音楽に転じたのであり、②「表現」の美から「スポーツ」の美へと変化した。
「波から渦へ」という議論が含む意味は大きい。それはまず、シューゲイザーなどに象徴されるサウンド――「調和音のなかにノイズを介入させるのではなく、ノイズが常態で美音が侵入する」――を指すだけではなく、ギターソロの否定やレコーディング技術の進展など、この時代のロックにもたらされた決定的な変化も射程に入れている。さらに、著者はこの比喩に音楽ジャンルを構成する人種的要素の変化を見出している。黒人音楽特有のノリやグルーヴを「波」と例えるとすれば、「渦」の音楽は以前に比べて「黒人性」が希薄になったサウンドだといえるのだ。ロックのルーツとして当然のようにブルースを思い浮かべる旧来のロック・ファンにとって驚くべき議論が展開される本章は、きわめて刺激的であり説得力がある。
それに比べて「表現の美からスポーツの美」を論じた第3章は、いくぶん論争を誘発する主張が繰り広げられている。ストレートエッジなど一部のミュージシャンとスポーツ選手の類似性や、観客側の変化――彼らはもはやステージを「見る」のではなく、モッシュやダイブなどで「体感」する――に関する興味深い指摘がみられるものの、それは著者自身が引用するジェイソン・トインビーの「精神性の音楽から身体性の音楽」という図式に収まるものではないかという疑念がどうしても浮かぶ。
たしかにロックは「論ずる対象」であることをやめ、野外フェスティバルやライブハウスなどで「体感」するものになった。重要なのは、それが音楽だけではなく、あらゆる文化の領域で起きている変化だという点である。それはCDという複製商品が売れず、ライブが比較的好調である理由と無関係ではない。人々はもはや作品を「解釈」したいのではなく、その作品とのかけがいのない出会いを「体験」したいのだ。
そして最終章でこの「体験」は「遊び(プレイ)」の概念に接続され、オルタナティヴロックのシーンにおけるインターネットやSNSの可能性へと議論は広がりをみせるのである。
著者の前著『ロック・ミュージックの社会学』(青弓社)は事実上、日本のポピュラー音楽研究における古典の地位を確立している。現在、ロック・ミュージックの学術研究を志すものでこの本に言及しないことは考えられない。同じように、本書は日本のロック研究を一新するものであり、今後このテーマで書かれるすべての本の参照点になるだろう。本書の刊行によってロック研究はようやく「60年代的言説」の呪縛から逃れ、現状にふさわしい学術的な表現を獲得したといえるのだ。
(慶應義塾大学教授、ポピュラー音楽研究)