2016年6月刊『沖縄自立と東アジア共同体』進藤榮一・木村 朗 共編

 

『週刊金曜日』2016年9月9日 評者:前田哲男(ジャーナリスト)

逆流する情勢にこそ“希望の星砂”が必要

この本を読むうち、ふとジョン・ル・カレの小説の一節がよみがえった。
「できることがわずかしかないというのは、何もしないことの言い訳にはならない」
2009年、鳩山政権が掲げた「東アジア共同体構想」。それを“落ちた偶像”にしてはならない。「わずか」な可能性であれ、沖縄には「自己決定権への希求」が燃えさかっている。主張し続けよう。そんな気概がつたわってきた。南シナ海をめぐる中国の覇権主義的行動、北朝鮮によるミサイル威嚇……。逆流する情勢があればこそ、再興に向けた対抗構想、“希望の星砂”が必要なのだ。
国際政治学者と平和学者によって編まれた本書は、論考11編とコラム19編からなる。編者のひとり、進藤榮一氏(昭和天皇による「沖縄長期占領」要請メッセージの発掘者)は、力のこもった序論のなかで「どっこい生きてる東アジア共同体」と、復権への「三つの処方箋」を提示する。鳩山友紀夫元首相は(自己批判を踏まえたうえで)「東アジア共同体研究所」「琉球・沖縄センター」設立に、軍事によらないウィン=ウィン関係への展望と再出発を語る。
SEALDs RYUKYUの若者が、「何を書こうか悩み」、いま、果たして「東アジアという希望はあるのか」と自問しつつも、香港の「雨傘革命」や台湾の「ひまわり運動」との対話、交流から得た同世代との連帯が交流から得た同世代との連帯が「国境を超えて繋がっている」ことを実感したと記す。大田昌秀元沖縄県知事から20代まで、多彩な執筆者を網羅したこの論集は、「辺野古・沖縄基地問題」におもな光が当てられるが、同時にそのまま「日本問題」に重なることを教えてくれる。編者・木村氏の労も多としたい。

 

『琉球新報』2016年8月14日  評者:中村尚樹(ジャーナリスト)

 問われるべきは「沖縄問題」ではなく、沖縄に犠牲を強い続ける「日本問題」であり、世界最大級の基地を極東の小さな島に置き続ける「米国問題」である。本書の編者の一人である筑波大名誉教授の進藤榮一氏は、そう指摘する。日本のために沖縄が存在するのではない。それでは沖縄が、沖縄として自立するためにはどうすればよいだろうか。本書では「沖縄問題」に真正面から取り組んできた政治家や研究者、メディア関係者、市民運動家、作家ら28人が、それぞれの視点から沖縄の将来を見据えた議論を展開する。  このうち筆頭論文では、元首相の鳩山由紀夫氏が、官僚や米国の抵抗で挫折したものの、東アジア共同体構想こそ、周辺諸国と対話し強調する最も有効な手段であると説く。鳩山氏は右派メディアから、「宇宙人」と揶揄される。しかし本書では、沖縄でいまなお放置された遺骨収集を手伝い、中国や韓国で率直に謝罪する「人間的」な心情が吐露されている。そのうえで、EU会議に相当する東アジア共同体会議を沖縄に創設するよう提案している。  もう一人の編者である鹿児島大教授の木村朗氏は鳩山政権のアジアビジョンを丹念にたどりながら、東アジア共同体構想の有効性を確認するとともに、アジア利権を守りたい米側の思惑を明らかにすることで、鳩山氏の論考を客観的に担保している。アジアとの連携を阻もうと自民党政権があおる「中国脅威論」については、ジャーナリストの高野孟氏がその虚妄性を具体的に指摘し反駁する。元県知事の大田昌秀氏は、アジア人としての共通の基盤作りを訴える。琉球新報記者の新垣毅氏は琉球王国以来の歴史を踏まえ、沖縄が平和の要になるためには自己決定権行使が不可欠だと考える。沖縄国際大教授の前泊博盛氏は、そのための経済的環境も整っていることを実証的に明らかにしている。  東アジア共同体構想は、日本の国際関係をめぐるパラダイムの転換である。沖縄が背負わされてきたネガの歴史をポジに転換する力が、そこにある。