2016年3月刊『揺れる北朝鮮』朴斗鎮著


『弁護士の読書』福岡県弁護士会 http://www.fben.jp/bookcolumn/2016/07/post_4729.html
評者:霧山昴


金正恩の北朝鮮支配の実体に肉迫している本だと思いました。
金正恩政権の4年間で、父の金正日時代の党側近や軍の最高幹部は、ほとんど姿を消した。この急ぎすぎは、金正恩の未熟さと性格から来ている。
極度に中央集権化され、その権力が指導者一人に集中されている北朝鮮の政治体制(首領独裁)では、指導者の性格が国家の政策にそのまま反映される。
元在日朝鮮人の母から生れ、公にできない出自から、金日成にさえ秘密にされて育った金正恩は、生い立ちのコンプレックスから、「日陰者」「目立たない存在」が大嫌いな、わがままで感情の起伏が激しい若者に育った。
自身の権威不足と業績不足を後見人の活用でクリアしていくという「まだるっこい」方法は苦痛でしかたなかった。権威のない指導者の歩む道は、今も昔も「恐怖政治」しかない。
北朝鮮指導者の三代目選定は、手続省略ですすめられた。
金正日は、2008年8月に、脳溢血で倒れたあと、自分の寿命が長くないことを悟り、後継者選定を急いだ。消去法により金正恩を選んだと考えられる。
金正日は、自分の予想よりはるかに早く寿命を終え、後継者に十分な帝王学を授けないまま、この世を去った。
金正恩は、わずか2年間の後継者授業しか受けていない。金正恩は、準備期間も資質も足りなかったので、世襲ご後継者というイメージを否定せず、むしろ世襲であることを前面に出し、「白頭の血統」一本やりで正面突破をはかる方式を選んだ。
金正恩が、いつどこで生れたのか、その母親は誰で、金正恩はどのような学校を出て、いかなる役職について今日に至ったのかという経歴が北朝鮮の教科書には、まったく出てこない。
金日成が生存していたとき、正恩の母であるヨンヒの存在は隠されていた。だから、平壌にも母子は公然とは住めなかった。
金正恩が祖父の金日成と一緒にうつっている写真は一枚もない。
金正恩は、1996年から2001年まで、スイスに留学していた。正恩の母、高ヨンヒは、大阪・鶴橋で生れた、在日朝鮮人出身の舞踊家だった。最高権力者となって4年がたった今でも、金正恩は母親の偶像化に着手すら出来ていない。
金正恩は、重要会議で居眠りをする幹部は思想的にわずらっている人間だと決めつけた。玄永哲・人民武力部長を処刑したときの罪名も「居眠り」がつけ加えられている。
金正恩の思いつき現地指導は、幹部たちの悩みの種。金正恩が視察するところに資金と資材を集中させなければならないために、国家計画や企業計画が安定的に遂行できない。つまり金正恩の遊覧式視察は経済成長の妨げになっていた。
自信を偉大に見せようとした金正恩は軍の首脳をはじめとした幹部たちを頻繁に交代させ、祖父のようなとしうえの将軍に向かってタバコをふかす映像を意図的に流した。
張成沢は、金正恩体制をつくりあげる過程で、自分のシナリオどおり進んだことへの過信が油断とおごりをもたらしたのだろう。
張成沢は、人民保安部のなかの武力である内務軍を20万人まで大幅に拡大した。張成沢はクーデター防止の名目で党行政部の力を強化していた。外貨稼ぎをかされ、中国と関係悪化を望んでいなかった張成沢は、金正恩と意見対立を増幅させた。これに、張成沢に利権を侵害されていた軍が金正恩に加勢した。
張成沢は、2013年12月金正恩によって反逆罪で処刑され、遺体は、焼放射機で跡形もなく焼き尽くされた。享年67歳。その家族もまた、すべて処刑された。
金正恩の粛清は、これまでの粛清の枠から完全にはみ出た以上なもの。金正恩には、生涯を通じて義理の叔父殺し、叔母排除の汚名がつきまとうことになった。父親の金正日ですら犯さなかった親族殺しの犯罪に手を染めたということは、それだけ金正恩の能力に欠陥があり、その体制が機弱であることの証左である。
 経済的破綻だけでなく、道徳的正当性までも失った金正恩政権の将来は明るくない。「白頭の血統」とパルチザン伝統が色あせたら、北朝鮮の首領独裁権力の正統性は維持できない。金正恩は、自分の意のままに動く幹部で周辺を固めようとしている。金正恩は、伝統的権力の破壊に向かっている。
この本は北朝鮮内部の組織と人脈を具体的に明らかにしていて、とても説得力があります。ずっしり重たい280頁の本です。ぜひ、手にとって一読してみてください。


『民団新聞』
2016年4月6日付

 北韓・金正恩政権は昨年10月に36年ぶりとなる党大会(第7回)を今年5月に開催すると発表して以来、「人民生活の向上と強盛国家建設に大飛躍を起こそう」などのキャンペーンを展開し、金正恩自らも今年の新年辞で、核開発を同時に進める「並進路線」に触れることなく、党大会の成功に向けた経済や民生の向上を重点課題として提示した。

 北韓の党大会は、軍事や政治、統一政策について新機軸を打ち出すことを上部構造とすれば、中長期的な経済計画や人民生活向上のためのビジョンを示すことを下部構造としてきた。党大会の長き空白は、その肝心の経済・民生で実績がなく、展望も描けなかったことを意味する。そうした経緯から、金正恩の新年辞を経済優先で党大会に臨む意思の表明と受けとめる傾向があったのも無理はない。

 しかし、4回目の核実験と長距離弾道ミサイルの発射を強行し、党大会「成功」への条件づくりと逆行する暴挙に出た。なぜか。国際社会の制裁・圧力が格段に厳しくなることを、北韓・金正恩政権が知らなかったはずはない。それが致命傷になりかねないことを、想像できなかったはずもない。

 北韓と金正恩に関する「?」は減ることなく、ここにきてむしろ増えている。こうしたタイミングで本書は発刊された。眼前のいくつもの「?」に対する答えを探すうえで大きな助けになろう。 「揺れる」との表題こそ穏やかだが、金正恩体制が抱える宿命的かつ構造的な弱点を明らかにしている。「改革開放に舵を切らず、このまま恐怖政治と核兵器による脅迫外交を続ければ、(金正恩は)間違いなく金王朝のラストエンペラーとなるだろう」とし、その宿命的な弱点として七つの矛盾を指摘した。その第一は、金正恩の未熟な資質と首領絶対制という強大な権力システムとのかい離だ。

 2代目の父・正日は1964年に党中央委員会入りし、73年に党ナンバー2になるまで10年間の「後継授業」期間があり、80年の第6回党大会でその地位を内外に示したのが38歳だった。以後94年の金日成死亡までの約20年間、父子共同統治を通じて実質的に君臨した。

 それにもかかわらず、正日が公式に権力継承を完了したのはその3年後の97年だ。その間には、世襲に対する批判を強く意識し、「資質と品性を備えた人物が後継者になることは世襲とは言わない」などとする「後継者論」を編み出して幹部学習を徹底させる慎重さを見せた。

 用意周到に準備に準備を重ねた父・正日とは違い、正恩は09年に後継者に内定されると、「後継授業」も共同統治の経験もほとんど積まないまま、11年12月の正日死亡からわずか4カ月で権力継承を終えている。

 世襲批判を気にかけることも、「資質と品性」が「検証」されることもなく、「白頭の血統」だけで最高指導者になったのだ。しかも、張成沢などを処刑して正日が整えた後見人体制も葬り去っている。

絶大な「党中党」その関係に注目

 著者は正日と正恩の権力継承過程の違いを丹念に追い、正恩の「経験不足」「自身と母親(在日帰国者)の出自」に対するコンプレックス、「攻撃的」で「独断的」、「不可測性」、「猜疑心が強い」などと評される性格にもメスを入れていく。

 著者がとくに注目するのは、絶大な権限を集中させて「党の中の党」になった組織指導部と正恩との関係だ。そこには、矛盾を克服しようとして新たな御しがたい矛盾を生む北韓の現状が映し出されている。

 七つの矛盾として他に、頻繁な人事と支配層の急激な世代交代による新旧世代の対立、首領独裁維持のためにその反対側に位置する私経済を利用せざるを得ない現実などをあげた。著者はこれらを時限爆弾に等しいとし、どこか一つが爆発すれば連鎖反応を起こして金正恩体制は崩壊に向かうと断じる。

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プロフィール

 朴斗鎮(パク・トゥジン)1941年大阪生まれ。朝鮮大学校政治経済学部卒。同教員などを経てコリア国際研究所所長。デイリーNK顧問。著書に『北朝鮮 その世襲的個人崇拝思想‐キム・イルソン主体思想の歴史と真実‐』(社会批評社)、『朝鮮総連‐その虚像と実像‐』(中公新書ラクレ)、『友愛ブックレット 韓国・北朝鮮とどう向き合うか』(共著、花伝社)など。