2017年7月刊『反戦主義者なる事通告申上げます』森永玲著

 

『赤旗』2017年8月27日 評者:橋本進(元「中央公論」次長)

 本書のタイトルは、日中戦争2年目(1938年)、医師・末永敏事(茨城県結核保養施設・白十字農園勤務)が、茨城県知事宛に送った回答書末尾の文言である。
 総力戦体制として政府・軍部は、人的・物的資源を全面統制する国家総動員法を制定(38年)。同法にもとづき国民徴用令、国民職業能力申告令を公布。国民すべてを軍事目的に協力させるためだ。末永は申告に際し、入院した除隊兵士や家族の書類作成等の軍務は、自分は反戦主義者なので拒絶する旨を通告したのである。10月4日郵送、6日逮捕。陸軍刑法違反で有罪、水戸刑務所に収監された。
 長崎県島原半島出身の末永は、大正期、米国で12年間の研究生活をした結核医。青山学院中等科在学中、内村鑑三の影響を受け、キリスト教信徒となり、内村の非戦論は彼の信条となる。逮捕覚悟とみえる末永の反軍宣言が、一時的な激情によるものではなかったことは、勤務先の事務長ら十数人に「支那事変は日本の侵略戦争」「政府発表は虚偽報道」などと語っていた事実、自分は軍備全廃論者、平民主義者だと記したメモ、「無謀な戦争中止を政府要人に説いてまわった」との親族の言い伝えに裏づけられる。
 敏事の事績を明らかにしたいと願った親族が、治安維持法犠牲者国家賠償要求同盟に協力を依頼、同盟が『特高月報』から諸事実を発掘、長崎新聞が各方面を取材、連載したのが本書の成り立ちだ。「戦争する国」へ暴走する安倍政治に抗し、無名の先駆者たちの事績を掘り起こして、「反戦平和の歴史」を豊かにしていくのは意義深い仕事である。


『佐賀新聞』2017年7月30日

 長崎県・島原半島出身の医学者末永敏事(すえなが・びんじ、1887〜1945年)は渡米し、世界の難敵だった結核の基礎研究分野で活躍した。大正期に結核医学の国際舞台で活動できた日本人研究者は見当たらず、文字通り気鋭の医学者として帰国したが、キリスト教思想家、内村鑑三の門下生として、その非戦思想に従う形で軍務拒否を当局に通告。特別高等警察に逮捕され、歴史から消された。
 本書はこの末永を発掘した記録で、長崎新聞の連載記事(2016年6〜10月まで78回)に加筆。連載記事は2016年度平和・協同ジャーナリスト基金賞奨励賞を受賞した。「現代の治安維持法」と呼ばれる共謀罪がクローズアップされる今、思想弾圧の時代を見つめ直す。